バスクでイノベーションに思いを馳せる

Panoramic aerial view of San Sebastian (Donostia) in a beautiful summer day, Spain

「自立自存」という言葉がある。
普段、日本の中で暮らしていると公私ともに人に支えられて生きていると感じる。本当の意味で自立自存を意識するのは、海外一人旅を行っているときである。他人の力を借りず、自分の力でルートの選択を行い、誤ったときは自らの責任で軌道修正を行う。

フランスとスペインの国境にあるスペイン側の都市オンダリビアを訪れたのは、30代半ばのときだった。
とあるネット系企業向けのコンサルティングプロジェクトを終えて、次の仕事に取り掛かる合い間に、数年来訪れる機会を窺がっていたバスク地方に行くことにしたためだ。

オンダリビアは、バスク語で『砂の浅瀬』を意味する。
現在のオンダリビアへの定住は、紀元前数千年前の青銅器時代から始まった。中世のイベリア半島北東部、ピレネー山脈の西部に興ったナバラ王国は、ビダソア川の浅瀬に位置し対フランスの前線にある戦略的要衝であるオンダリビアにおいて、歴史上幾度も包囲戦を経験した。
「パラドール」と言えば、かつての歴代王国の住まいとなった城や宮殿、由緒ある修道院や領主の館など、歴史的に価値の高い建築物を改装したスペイン国営ホテルであるが、ここオンダリビアにも「パラドールデオンダリビア」という、神聖ローマ帝国のカール5世宮殿としても使われた城塞がある。

スペインバスク自治州の州都であるビルバオには、ニューヨークでお馴染みのグッゲンハイム美術館の別館の、ビルバオグッゲンハイム美術館 (Guggenheim Museum Bilbao) がある。著名な建築家のフランク・ゲーリー (Frank Gehry)がデザインしたミュージアムである。現代アートの著名アーティストの作品が主に展示されている。ビルバオはビスケー湾河口近くにある都市で、ビルバオグッゲンハイム美術館も川沿いにある。私が訪れた際には、スイスの彫刻家、ジャコメッティの極端に細長い人物の彫像が展示されていた。

1980年代の工業危機の後、ビルバオは経済基盤の再考を行い、芸術や料理の分野で堂々たる魅力的な都市に生まれ変わった。今ではスペイン国内では全国平均を大幅に上回る一人当たりGDPとなっている。著名な企業としてはビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)やスペイン最大の電力グループであるイベルドローラが本社を置いている。他に主たる産業となっているのが、自動車産業である。300社が加盟する欧州最大の自動車部品産業クラスター「バスク自動車産業クラスター(ACICAE)」がある。日本では全く知られていないがフォルクスワーゲングループの傘下のセアトは隣接する州のカタルーニャ州に本拠地をもつ。なお世界的なファストファッショングループの「ZARA」もお隣のガリシア州にある

スペインでは金融危機で失業率が上昇して以降、起業を支援するアクセラレーターが急増。現在では140以上あるという。スペイン初のアクセラレーター「シードロケット(Seed Rocket)」スペイン最大のスーパーマーケットチェーン「メルカドナ」が推進する「ランサデラ(Lanzadera)」など様々な企業がアクセラレータープログラムを設立している。バスク州政府も「バインド4.0(BIND4.0)」を2016年に立ち上げスタートアップによるイノベーションを促進している。
今では2社のユニコーン(配車アプリ「Cabify」とフリマアプリ「Letgo」)も生まれておりスタートアップエコシステムが(日本は3社)立ち上がってきている。

ビルバオからバスで1時間ほど行ったところにはサンセバスチャンがある。欧米人がこぞって押し掛ける押しも押されぬリゾートのラコンチャ海岸の傍には、数百もの小さなバルが立ち並ぶバル街がある。そこで一人でピンチョスを食していると「日本人ですか」と日本語で話しかけてくるシニア男性がいた。フランス人で貿易を生業としており、日本にも何度も訪れているという。家族で休暇で訪れていたようだが、帰り際にはテラス席から手を振ってくれていた。言語を通じた親近感は距離を一気に縮めてくれるように思う。ちなみにこのバル街の中には日本でも大手コンビニが出して有名になったバスクチーズの名店がある。

オンダリビアのフランス側の対岸にはアンダイエというフランス・ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏・ピレネー=アトランティック県のコミューンがある。私はオンダリビア側から数人乗りの小さなボートに搭乗し、10分ほどでアンダイエに到着した。フレンチバスクの方では、バスで一時間ほど北上した港町サン・ジャン・ド・リュズがあり、そこには一般的に知られるマカロンの原型となったといわれるバスク地方の伝統菓子「マカロン バスク」で有名な「メゾン・アダム」がある。1660年にルイ14世が結婚式を挙げた際に考案し献上されたお菓子である。店内では50代とおぼしき店員の女性に、フランス語で賞味期限について尋ねたが、数年前の当時のフランス語力では意思は伝えられても複雑な内容は聞き取れず、結局は英語と日本語で説明書きがされたチラシを渡されて内容を理解した。なんだ、日本人たくさんくるのね。

スペインとフランスを跨るバスク地方は、固有の言語とアイデンティティをもち、かつては独立を求めて闘っている。イノベーションを生み出す土壌はそういった自立自存する精神の中から生まれてくるように感じた。

参考:
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2018/0602/48b6c19fcfd5cd6d.html

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